いにしえ模型 ホンダ1300クーペ9

   しばらくやってなかったプラモ再開。といってもジャンクのレストアだけど。
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Nシリーズの成功でノッテた本田宗一郎は本格的な乗用車の開発に空冷エンジンを指示。「水冷も結局空気で冷やす。ロンメルが北アフリカ戦線で成果を上げたのは空冷のキューベルだったからだ!」と平和な時代の乗用車におかしな思想を持ち込む。DDACと呼ばれる凝った空冷エンジンはパワーはあったが大きく重くなり、走安性に欠けたホンダ1300シリーズは人気が出ず会社の屋台骨を揺るがすことに。見かねたエンジニア達はワンマンな宗一郎をよそにCVCCのシビックを開発、空前のヒットとなり宗一郎に引退を決意させた。この車は良くも悪くも、本田宗一郎らしいクルマだったのだ。

おまけみたいに同梱されてきたジャンクは意外に出来がよい。付いてるモーターはなつかしやFA13。腐食した金属板を交換しCRC差したら快調にまわり出した。欠品パーツはプラ棒削り出しとレジンで複製。ホンダ初のF1、RA270の試作車がゴールドに塗られていたというので、宗一郎に敬意を表して同色に。ヤマダの再販、童友社(この再販は偉大な決断だ。このことはまたいつか。)の99Sと並べてみる。この不人気車がクーペ、セダンと揃うなんて夢にも思わなかった。趣味も長いこと続けてるとこんなこともあるか、とチョット感慨深い。
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Commented by chiyo at 2009-08-11 00:42 x
あのぅ。。。唐突ですが(^^;
マスターは浮谷東次郎って知ってたりします?
ちょっと聞いてみたくなりました。
Commented by match_boxes at 2009-08-11 11:34
お、がむしゃら1500キロですな。東次郎が一切の荷物バイクに載せて走る写真に憧れて、金沢までツーリングしましたよ。豪放磊落な青年だったようです。友人がテンガロンハットかぶってきたのを見て「カウボーイに憧れるなら、カウボーイになればいいじゃん」と言った話が印象に残ってます。鈴鹿で亡くなったのが23才。存命ならどんな男になってたかなあ、と思います。
Commented by chiyo at 2009-08-11 12:42 x
そうです・そうです。あたし、本も読みました。
本田宗一郎宛に「あなとの息子と友達になりたい」と手紙を書いて
本当に友達になっちゃったり、ちょっとルックスが大江千里に似てたり。(←これ関係ないケド)
23才って早過ぎましたよねぇ。。。
by match_boxes | 2009-08-09 22:27 | いにしえ模型 | Comments(3)

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