2010年 02月 27日
Rod brakes! 箪笥自転車
磨きたいと思いつつもスキーだ申告だで時間がとれない。中途半端に作業中断中。
もらい受けてからギモンに思ってたのは、このミヤタ号はいつ頃のものなのか?ということ。この自転車にコーフンしてた常連が指摘したのは、車体に描かれたマーク。
それでもギモンに思うのは、その完成されたカタチ。現行で販売されている実用自転車と基本構成はまったく同じなのだ。大正十一年は、関東大震災の前年。当時は和装の人も多かったろうし、自動車のカタチもクラシックカーそのもの。なのにコイツは昔のままだ、いや、今のと同じだ。ホントに当時のものなのか?
宮田号がいたお宅の方と手続終わった、と探検を誘ってくれた常連。「この自転車は(故人の)奥さんが嫁いできたときからあったんだって。旦那さんのお父さんが持ってたんだって」。故人は80代半ばだった。その親父さんなら時代が合う。やっぱり大正生まれか!「親父さんは自転車をとても気に入っていて、家族から『タンスにでもしまっとけば?』っていわれてたんだって。」
それを聞いた夜から、コツコツミヤタ号を磨いている。
郵便局や軍隊で使われるようになりました。しかし、たいへん高価で、現在の価格で1,000万円に相当。国内での生産がはじまり広く普及。
明治33年、自転車に関する法律が制定。明治末には女性用の自転車も市販されました。
自動車が普及するまでは、物を運ぶ役割の専用自転車が多く、
後ろにリヤカーをつけて引くタイプもありました。
保有台数は大正初期に100万台を越え、大正末期には370万台まにで成長。
昭和期では、自転車と部品も含め、機械輸出のトップを占める主要産業でした。
ってことだったみたいですよ。
亡くなった人がそのお父さんに「そんなに大事なら、タンスにでもしまっとけ!」って言われるほど、いつも手入れをしていたみたいです。
まーでも、「値段が車ぐらいした。」って事なので、やはり、そのお父さんの買った自転車だった可能性もありますな。
発売時期を誰か探し当てて下さい。