いにしえ模型 インチキ屋のジープ

 自転車に乗り始めた小学生の頃。粗忽なガキだった私は事故を心配され、小学校の校庭でのみ乗るようにと親からキツく言われていた。が、初めて見る町がとても新鮮で親の目を盗んではあちこち走り回っていた。
 「インチキ屋に行こうぜ」。インチキ屋!?友達の言葉のインパクトに驚いた。案内されるまま自転車でついてゆく。住宅街の、風呂屋があって、小さな広場があって、ちょっと下り坂。そこらあたりに駄菓子屋があった。薄暗い店内はホコリっぽく、インチキ屋という名称(いや、ちゃんとした店名があったのだろうが)が余計に緊張させた。
 友達がアンズ飴をしゃぶってコインゲームやってるのをよそに、店内を物色していると、ホコリが被ったプラモデルをみつけた。
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マツナガで見たタミヤと違い、B級感あふれるジープ。古くて大味なプラモデルをどうしようか迷っていると「買うの?買わないの?」と業を煮やした店のおばさんに責められた。唆されるようあわてて手に入れた。
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コンバットジープと銘打たれたそれは、少年たちを虜にしたTV「コンバット!」を意識したネーミングだろう。自分よりひとまわりは上の世代のものだ。プラモデル自体も設計が古く、バリが多くて、おまけにモーターライズだから電池ボックスがドカンと下に出っ張っていた。あまりの不恰好さに気分が乗らず、民間型にしてみようかと青く筆塗りしたりとグダグダしてたら前輪のナックルを折ってしまい、嫌気がさしてずっとほったらかしにしてしまった。
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小松崎茂風のボックスアートが目に留まり、久々に引っ張り出してきた。断念したナックルの折損からレストア開始。僅かに残ったパーツにピンバイスで慎重に穴をあけ、クリップを心材にして補強。2ミリ丸棒に穿孔するとき、時計職人になれるかも、なんてチト思ったりして。
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再生完了。年齢を重ねると、ちったあ胆力が培われたか。小学生の時から止まっていた模型作りを40年近くたってから再開した。
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パーツ全般。シンプルな実車同様部品点数は少ない。ペイントはシンナー浸したキッチンペーパーに包んで一晩置いて剥離。今回はモーターを付けないが、走行できるよう配線だけ施す。
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仮組。お、なかなかいいじゃないか。箱絵はウイリスだが現物はM38か三菱みたい。これはオリエンタルモデルという聞いたこともないメーカーのもの。住所が浦和の根岸とある。米軍放出の空き缶で作ったブリキのジープで稼いでた町工場が、流行りだしたプラモデルに手を染めたのだろうか。オリエンタルモデルの製品はこれ以外お目にかかったことが無い。
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カタチがいいのに気をよくして欠損していた幌骨を自作。アンテナベース、サイドのリフレクターも追加。
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ミリタリーの製作工程はちと違う。先に組み上げて影に見立てる暗色を全体に塗り、光が当たる方向からボディ色を降りかけるようにスプレーして影を強調するのだ。このまま日の丸付ければrightな人の車だな。
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完成。子供の頃に思ってたよりもずっとカッコ良い。不格好な電池ボックスも、走らせて遊ぶ子供のおもちゃだった時代のものと思えば楽しい。上手く走ってもろ手をあげて喜んだ子もいれば失敗してガッカリした子もいただろう。このプラモデルを覚えてる人はいるだろうか。

ところで、あの駄菓子屋はなぜ子供たちにインチキ屋と呼ばれたか。友人によれば「あそこのおばさんは品物触っただけで、買え買えっていうんだ、インチキだよ」。子供の言い分だが、大人になってみれば店の言い分もわかる。ガキどもが梅ジャムやらソース煎餅やら頬張った手で品物いじくりまわしてりゃ、叱りたくもなるだろう。オリエンタルモデルもインチキ屋ももうないけれど、なんだかコワくて面白かった子供の頃をインチキ屋のジープは思い出させてくれる。
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by match_boxes | 2013-10-05 19:45 | いにしえ模型 | Comments(0)

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