カテゴリ:ミニカー莫迦( 32 )

佇むプレリュード。
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やってきたオジさん達はもう出来上がっていた。旧知の仲が集まり会費制にして、幹事が決めた街のいろいろな飲み屋を紹介して歩いているという。ここに白羽の矢を立てて頂いたのは光栄だが、すでに三軒目ということで随分と賑やかだ。
「なんでMATCHBOXっていうの?」と一人が尋ねた。常連なら知っている由来を話すと、出来上がっている仲間をよそにしげしげとミニカーを眺めてから「ホンダ、プレリュードはありますか?」と彼は言った。

「大ヒットした二代目をさらに低く伸びやかにした三代目プレリュードは世界初の機械式4WS搭載車。FFでありながらWウィシュボーンを採用したのは本田ならでは…」と、言うことがツウだ。若手の常連は4WSに感心している。そんなに詳しいのも、かつてオーナーだったからとのこと。ずいぶん気に入って長く乗っていたが、生活が変わってワゴンに乗り換えたという。よくある話だ。
手元にあったカタログを披露すると、ああ、これだと眺めては懐かしんでいる。「手放さなけりゃよかったな…」と彼は呟いた。

ちょっと考えてから、プレリュードを見たいか?と尋ねてみた。ここからそう遠くないところにずうっと置いてあるのを知っているのだ。「是非見たい」と彼は言うので、簡単な地図を書いて渡した。幹事は地元出身だから、すぐに場所は分かるだろう。予定が狂う、と幹事はボヤいていたが、彼の意志は固そうだ。

プレリュードのことを教えるのにちょっと考えたのは、そこにずうっと置いてある理由を聞いたことがあるからだ。それは言わないけれど、見かけるたびに少し切ない気持ちになる。物がそこにある、とりわけ自動車のような感情が移入するものは何かしら訳があるものだ。クルマはただの工業製品に過ぎないけれど、想いを寄せる人がいる。それを知らぬか、プレリュードは今もそこに佇んでいる。

すっかり上機嫌のオジさん達は、次の店へと出掛けて行った。
静かに佇むプレリュードに、彼は会いに行っただろうか?







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by match_boxes | 2016-02-13 18:20 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

甘酒とセリカ。
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「甘酒ないんですか?雛祭りだからやってると思ったのに…」
着物姿の彼女は残念そうだ。
折り目正しいジャケットの彼氏と、エスニックな要素をどこかに取り入れるファッションの彼女。いつからか、そのカップルは酒屋の甘酒を楽しみにやって来る。いつも仲良く楽しげに来店するものだから、こちらも覚えてしまった。

ある正月。彼らはいつものようににこやかにやって来た。甘酒を啜りながら、彼が熱心にミニカーを覗いている。好きなんですか?クルマ、と声を掛けてみた。
「ずっと乗ってるクルマがあるんですよ。セリカのSSⅡなんです。リトラクタブルじゃなくなった」へえ、プレと同じくらいの年式じゃないか。随分気に入ってるんだねえ。
「でもミニカーがないんですよ、探してるんですけどね」と残念そうだった。

セリカは代々個性的なデザインだが、六代目もとりわけ個性的だ。一体型のヘッドランプが主流のなか、独立した4灯ライトを配した独特な、まあ、アクの強い顔立ちをしている。モデル化するには良さそうだが、世のクーペは不人気となっておりGT-FOURという大カンバンの下ではSSⅡの影は薄い。そのミニカーともなればなおさら見つからない。
だが、探し物は意外なところにあるものだ。幹線通り沿いの大きな100均を物色していたら、偶然発見。お、セリカだ‼︎出来は良くないが、独特な顔つきはそれ以外の何物でもない。派手なリアスポイラーもないからまさにSSⅡだ。トミカですらモデル化されなかったのに、こんなところにあるとは!。

あくる年の正月。あのカップルがやって来た。甘酒を渡しながら彼氏に尋ねる。
セリカ、まだ乗ってる?
「乗ってますよ」そっか、まだ乗ってるのか。じゃあ、これ、お年玉。
「……やった…セリカだーーー‼️‼️」
両手の握りこぶしを高々と挙げ喜んでいる。100均だけに軽い気持ちでプレゼントしたのだが、思いの外の喜び様にこちらも嬉しくなる。甘酒を啜りつつ、セリカのミニカーを眺めるカップルは楽しそうだ。

「おめでとうございます」今年の正月もニコニコとカップルはやって来た。
どう?セリカの調子は。すると、意外な言葉が…
「燃えました、セリカ。」
ええ⁉︎どういうこと?驚いて尋ねた。
「東名走ってたら異音がして、停めたら火がでたんですよ」
そ、それじゃあ、廃車?
「原因はミッション辺りのベアリングの摩耗でした。すぐに火は消えたし、パーツ交換で治りました。ついでに調子悪いところも整備して、前よりも良く走るようになりましたヨ。」と言って、甘酒を啜った。「美味しいですね。」

仲良しのカップルを乗せて、セリカはまだまだ走り続ける。





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by match_boxes | 2016-01-17 08:08 | ミニカー莫迦 | Comments(1)

チョコトミカで遊ぼう

ユーキ君のお母さんからバレンタインチョコいただきました。ありがとうございます。
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よくできてますね。そろそろ賞味期限なので食べようと思います。
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そのまま食べちゃもったいない。ちょっと削ってセダンにします。
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さらに削ってピックアップ。
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さらに削ってトラック。
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ピラーをスラントさせてエルカミーノ風。芸術的。
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フロントガラス残してオープンカー。
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レンジでチンします。まず30秒。あんまり変わりませんね。
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さらに三十秒。あ、溶けだした❢
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さらに三十秒。ヤバい❢浸水してる❢
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さらに三十秒。うわあ~沈む~❢
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まるでマッドボギンだな。
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う~ん、芸術的。新たなジオラマのジャンルができたりして。
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完全に沈没しました。そのままじゃベタベタで食べられないからクラッカーでディップしていただきます。BAKAの文字をあしらってみました。これがホントのミニカー・バカ(^_-)-☆。
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by match_boxes | 2014-08-18 14:30 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

キュニョーの砲車

   歴史上初めての自動車。 
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 こんな時代が来るとは思ってもみなかった。本屋にはミニカーに関する雑誌が並び、ミニカー専門のショップには、かつては考えられない車種が製品化され、ないものはないんじゃないかと思うほど充実している。とても追いきれるものではないが、気に入ったのをコツコツ集めているうちに、世界中の車がやってきた。でも、手に入れていない車もたくさんある。誰もが憧れる高級車より、だれも見向きもしない地味な車や商用車、そんなのを予期せぬところで偶然見つけたときの喜び。それが忘れられなくていまだコレクションを続けているのかもしれない。

 骨董市でクラシックカーのミニチュアを見つけた。簡単な鋳物にプラスチックの車輪のちゃちな作りだが、車種が珍しい。メルセデスの最初の試作車、カール・ベンツの三輪車とともに目を引いたのが、キュニョーの蒸気自動車だ。
 フランス陸軍は、馬に引かせていた大砲を運搬できる機械の開発をニコラス・ジョゼフ・キュニョーに命じた。キュニョーは大きな蒸気釜を先端にぶら下げた奇妙な三輪の機械を作り上げる。大衆の前に出現した奇妙な機械は、じりじりと動いたものの、釜の湯は15分で空になった。再補給して移動を繰り返すも、作業を伴って時速4キロほどでは到底馬には敵わない。さらに、先端の大きな釜は極端にバランスが悪く、ブレーキも稚拙なものだったため、壁に激突。史上初の自動車は史上初の自動車事故も起こしてお蔵入りになってしまう。時に1769年。自動車が市民生活に入ってくるのはそれから半世紀は待たねばならない。大量生産によるモータリゼーションの起爆となったT型フォードの発表は1908年、139年後のことであった。

 街を颯爽と走る自動車。流麗な美しいスタイルと高性能。ブランドの伝統と栄光が自動車という機械を憧れの対象とするだけでなく、生活、文化、産業、国策と、人々の生活と抜き差しならぬ存在となっている。その先駆けはといえば、大きな釜をぶら下げた奇妙な三輪の機械であった。キュニョーの砲車がじりじりと走り出さなかったら、今の世界はなかったのである。
 骨董市で見つけたキュニョーの砲車、ブランドも生産時期もまったくわからないけれど、歴史上初の自動車のミニチュアをコレクションに迎えることは意義があることだ思う。
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by match_boxes | 2014-01-24 12:34 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

アンチモ二―の誘惑

かつて、自動車は高級品であった。自動車を購入することは、一大決心が要ること。やっと手に入れた憧れの愛車の成約記念に、と自動車会社から贈られたのは黄金色の置物。アンチモ二―製のシガレットケースだ。

友達の家に遊びに行くと、応接間にシガレットケースがあった。ピカピカに光るそれは繊細に彫刻されていてずっしりと重く、車輪も回らない。自分が持っているミニカーとはまったく異質のものだった。フタになってる屋根を外すと、煙草が数本入っていた。これは大人しか手に入れられない物だ。ものすごく欲しかったが、眺めるしかなかった。

アンチモ二―のシガレットケースは時折、骨董市やリサイクル屋で見かけるが、手に入れることはしなかった。自動車メーカーが用意するものだけに実にいいモノなんだが、デカくて重い。こんなの集めだしたら床が抜けちまう。じっくり眺めて、ああいいなあ、と鑑賞するだけに留めておいた。

あるところで見つけたシガレットケース。車種は日産自動車の看板車種スカイラインとフェアレディZ。人気車ということで触手が動いたが、注目したのは載せられていた台座。
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追浜工場俊工記念とある。日産の代表的生産拠点である追浜工場の稼働は1961年。載せられているS50スカイラインはプリンス自動車時代の製品で1963年発売。日産とプリンスが合併して日産スカイラインとなったのが1966年であるから時系列的に合わない。ただの載せ違いかもしれないが、竣工記念としてプリンススカイラインが関係者に配布されていたとしたら、一大合併前に既成事実ができていたのか?と興味が尽きない。
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もう一台の日産フェアレディZ。世界にNISSANの名を知らしめ、今もズィカー(Zcar)と呼ばれ愛されている名車である。ちょっとカタチのバランスがヘンだが、職人が丹精した黒染めが味わい深い。こちらも台座付きで日産の傍系会社のプラークがある。並べて展示されていた二台は、持ち主が同じだったのだろう。その台座からオーナーではなく日産関係者に配布された物と思われる。高度成長期に大合併をした激動の日産を見たのかもしれない。

紆余曲折有った日産で今に残る栄光のネーミング、スカイラインとフェアレディ。高度成長期に造られて今も輝くシガレットケースの持ち重りに、日産の伝統を思い馳せる。アンチモ二ーはこれだけだぞ、と心に誓って。
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by match_boxes | 2014-01-06 01:06 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

ハチロクなんて大キライ。
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 いまや2リッターで300psのハイパワー車を生産する富士重工業だが、原点は「てんとう虫」スバル360。実現不可能と言われた国民車構想の要件を満たした初めての軽自動車であり、今日の軽の礎となった。RR、四輪独立懸架の利点をそのまま商用車に仕立てたのがスバルサンバー。長く親しまれたサンバーだが、トヨタとの業務提携により2012年2月末日をもって生産を終了。スバルの軽の伝統は幕を閉じた。

 自社製品を広く多くの人に利用してもらうことが、量産メーカーの理想であり使命であろう。ミニマムトランスポーターの軽はそれに適う。パイオニアとして築き上げてきた技術が業務提携によって葬られることに、関係者の心中は如何ばかりか。サンバーの生産ラインは86とBRZの為に転用されるという。スポーツカーといえば華やかだが、所詮遊びグルマ。主力車種以外の生産をトヨタはスバルに押し付けた感は拭えない。伝統のスバルのラインで生産される車にはトヨタのバッジは付けたくない。86なんか大キライ。

 一向に納車されないことを気遣ってか、担当営業より注文をもらう。トヨタのバンで向かった配達先はサンバーがひしめく赤帽の営業所。かわいい赤帽車でも仕事はガテンなんで屈強な男たちが屯するなか、事務所を尋ねる。そこで見つけた赤帽車のミニカー。納品もそこそこに、ミニカーを購入したい旨を告げると、営業所長さんがやってきた。「現物しかないけどいいかい?領収書出しますよ」と社判の入った立派な受け取りをもらう。赤帽サンバーのミニカーはどこでも売っているが、赤帽社の領収書はなかなか貰えるもんじゃない。シャレが効いてていいだろう。
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 「軽で4気筒エンジンはこれが最後だね」と所長さん。スバルサンバーの生産中止が決定してから、組合員から赤帽サンバーの新車の注文が殺到したそうである。おなじみスバルブルーに塗られた生産終了記念車はトラック・バン各1000台限定発売でこれも完売。記念車を模したロットナンバー入りミニカーも完売したそうだ。
 STIがWRCで世界を席巻するなか、農道を、商店街をけなげに働きまわったサンバー。やがて消えゆくその姿を、ミニチュアカーで手元に置いておいてやろうと思う。
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by match_boxes | 2012-07-22 23:55 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

  セルジオ・ピニンファリーナ氏死去。ご冥福をお祈りします。
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カーデザインの雄と言えば、フェラーリのピニンファリーナ、ランボルギーニのベルト-ネが挙げられるが、カロッツェリアはスーパーカーばかりデザインしているわけではない。ピニンファリーナはあらゆるインダストリアルデザインを手がけ、自動車の委託製造までしている巨大企業でもある。日本企業との関係も深く、日頃愛用してるものが実はピニンファリーナが手掛けていた、ということもあるかもしれない。

ピニンファリーナの名声を確たるものとしたのは、バッティスタ・ピニンファリーナの時代に発表した1947年型チシタリア202クーペである。それまで独立していたフェンダーを一つのハコに収めた手法は今日に至る自動車の形を決定付けた。街で見かける自動車のほとんどがピニンファリーナの影響を受けているといっても過言ではないのだ。チシタリア202クーペはニューヨーク近代美術館に「動く彫刻」として自動車として初めて永久展示されている。

初めてピニンファリ-ナの名を知ったのは、マッチボックスNo56のBMCピニンファリーナ(1967)。BMCとはミニなどを製造していた英国のメーカーだが、多数のブランドが複雑に入り組み、その効率の悪さ故長く経営不振にあり最後はブランドを切り売りして解散した、残念な会社である。それはさておき、このミニカーを手に入れた幼少の砌、街にはこんな形のクルマは走っていなかった。乗用車と言えば箱のようなセダンだったし、スポーツカーといえば2ドアが当たり前。屋根がなだらかに下がってゆくそれはスポーツカーのようであり、なのに4ドア、というのは随分不思議に感じたものだ。のちに、そっくりなミニカーを手に入れたのがシトロエンCX。どういう経緯があったかわからぬが、BMCのコンセプトカー発表から7年の歳月を経ている。日本では今ひとつ人気が出ない5ドアハッチバックも、その合理性から欧州では定番である。アウディa7スポーツバッグやBMW5グランツーリスモなども実はこのコンセプトカーが源流にあるのでは?と思っている。

バブル絶頂期の1989年東京モーターショウ。日本車の当たり年と言われたこのショウには、セルシオ、インフィニティQ45、R32GTR、ユーノスロードスター、NSXなど、世界の注目を集める車が華々しく展示されていた。日本車もついに頂点に上り詰めたか、という中、イタリア車ブースに一台のコンセプトカーが置かれた。フェラーリ・ミトス。デザインbyピニンファリーナ。明快に分けられたフロントとリアのセクションが優美に融和する。この素晴らしい造形にただただ感動し、日本車のデザインはまだまだ追いつけない、と痛感した。
これからもピニンファリーナには夢を見せてもらいたい。
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by match_boxes | 2012-07-04 23:55 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

   古いマッチの遊びかた。
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エルフ・アキテーヌ社の若手営業マン、レイランド君はモータリゼーション途上のアフリカ圏での拡売を命ぜられた。僅かな予算で算段せねばならず、とりあえず現地で中古のおんぼろランドローバーを手に入れる。全塗装するカネはないんで、開口部だけ塗ってデカールを貼り付け、営業車に仕立て上げた。これでアフリカの村々にオイルを売りまくるんである。
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マッチボックスのスーパーファストのジャンクなぞ価値ないが、40年も経ていると思うと分解レストアするのも気が引ける。シャシーのカシメを外すと、ミニカーの息の根を止めてしまう気がして。ならば、長年のキズも味として遊ぶことにする。「おっちゃ~ん、オイル買ってくれへんか~」。
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by match_boxes | 2012-02-03 02:08 | ミニカー莫迦 | Comments(1)

ミニカー莫迦 はとバス

     はじめての旅は、バス旅行。
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     知らぬところも 見まほしく    さりとて家も  なつかしく
     こがひの鳥の かご出でて    また飛び歸る  こゝろかな
     花さく野べの  おもしろさ    波たつ海の   おそろしさ
     思ひやりつゝ たち出でぬ    見おくる母を  かへりみて
                            ( 初旅 中學唱歌 )

 はじめての旅は小学一年の遠足。プログラムやお菓子の袋詰めが配られると気分は高揚、遠足の前日はなかなか眠れなかった。バスに乗って行った先は川口グリーンセンター。思えばずいぶん近場だが、はじめて観光バスに乗れたのがうれしかった。他のクラスが富士急の薄緑色のなかで、自分のクラスだけは小田急の赤いバスが配車されたのもプレミアム感があったなあ。
 
 街ゆく路線バスと違い、観光バスは旅の期待を演出すべくデザインコンシャスだ。事業者ごとに個性とこだわりがあって、なかなか面白い。1950年代はアメ車の影響もあってクロムメッキ満艦飾の、実に美しい特装バスが多数作られた。それほどバス旅行には、夢と希望が溢れていたのだろう。はとバスはその流れを受け継いでいて、洒落た車両が数多い。

 ステラタウンのリサイクル屋で「金魚鉢」と呼ばれたはとバス発見。初期のダイヤペットは素材がアンチモ二―で割れが生じるものもあるが、これは大丈夫そうだ。程度はそれなりだが。
 実車は自動車ガイドブック1964年版の旭ガラスの広告に大きく載っているから、ミニカーもその頃のものだろう。ということは自分と同じ年。よく残っていたねえ。

 再開発なった丸の内界隈は並木道が美しい。そこを起点にスカイバスというオープンバスが走っていて、ちょっと胸が高鳴った。梅雨が明けたら乗ってみようかな。小さなバスを眺めていたら、ささやかなバス旅行にでてみたくなったのだ。
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by match_boxes | 2011-06-20 00:16 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

   センチネル?どこの自動車会社だって?
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 銀座のイエナ書房で、私は固唾を飲んでいた。大胆な構図。スケールの大きい題材。なおかつ緻密。画集のページをめくる度、画力に圧倒された。

 シド・ミードを知ったのは、SENTINELという画集だった。SFイラストレーターではなく、フューチャリストと自ら称するように、彼の作品は荒唐無稽なようでその実、技術的に裏打ちされた説得力のあるものだ。映画「ブレードランナー」以来、すっかりSF指向にとらわれてしまったが、出身は工業デザイナーである。
 森本眞佐男著「トヨタのデザインとともに」の中で著者は、アートセンター時代の同期だった彼について「恐らく、前にも後にも彼以上の者は出ないだろう。正に天才的な技能の持ち主である。」と驚嘆している。ミードは奨学金の関係で一時フォードに在籍しているが、画集にあるレンダリングの丸いテールランプは、60年代のフォード車のデザインに影響を与えていると思われる。面白いことに、ミードを賞賛した森本氏がデザイン主査を務めたRS40系クラウンは、フォード車そっくりの丸いテールランプを採用していた。
 いずれにせよ、ミードは優れたインダストリアル・デザイナーであり、おもちゃ屋が金にあかせてガンダム描かせたりするのは、レイ・チャールズにいとしのエリー歌わせるのにも似て、おこがましいことだ。

 センチネル400とは、シド・ミードの描く世界のブランドの、架空の車だ。それが名うてのカーガイが企画するホットウィールのラインナップに加わったのは、事件だった。
 HWは、ふざけ過ぎだろ!と叫びたいくらいの架空のクルマも堂々と製品化してくる。そして、そのいくつかを実車として製作してしまうのだ。その時点で架空のミニカーは、プロトタイプとなり、実車のスケールモデルとなる。世の中、何が起こるかわからない。

 いま、ミードが描いた未来のクルマとはずいぶん違うクルマが溢れている。だが、EVに移行しホイル・イン・モーターが実用化すれば、レイアウトが自由になり、前面投影面積が小さくエアロダイナミクスに優れた新しいカタチのクルマが現れるかもしれない。
 無から有へ。描かれた未来は、思いがけないかたちで我が掌に収まった。
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by match_boxes | 2011-02-16 23:51 | ミニカー莫迦 | Comments(0)

小箱なバーの毎日
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