カテゴリ:いにしえ模型( 22 )

寂しい町だった。国道から外れて田園をやや走ると、まばらに商店が並ぶ通りに出た。車から降りて、まっすぐな道を歩く。昼間だというのに、人影はなかった。通りの突き当たりに鳥居が見えて、ここは参道だということに気付く。戸締めした商店が、賑やかだった時代の名残りを囁いている。
こぶりながらも、神社は歴史ある格式の高いものだった。境内の奥には屋敷林が鬱蒼と茂り陽射しはなかったが、しんと静謐な空気に心が癒された。
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参道を戻ると、傍らの万屋に目がいった。菓子が並ぶショウケースの上に、ガラスケースに飾られた模型がある。車の模型が八つぐらい並んでいただろうか。どれも素組みで埃が被り、部品が取れたりしていた。バンダイのポルシェ914、ロータスヨーロッパ…どれもが1/20の絶版だ。

店に入ると奥からおばさんが出てきた。これを譲ってもらえないか、と聞くと「これは息子が作ったものだからねえ…こっちにいくつかあるわよ」
見れば、缶詰や洗剤の棚に模型が並べてあり、目を疑った。オオタキの1/16アルファロメオ33、ミウラ、バンダイ1/20アルピーヌ、そしてルーチェのハードトップ…
「前に置いていたのよ、もう誰も買わないわ」一体どういうルートで仕入れたのか、片手間に置くにはマニアックすぎる。スーパーカーブームで模型がよく売れた頃、業者が旧品を格安で紹介したのかもしれぬ。ゆえに似つかわしくないところに眠っていたのかもしれぬ。

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バンダイのルーチェは金型改修された後期型、しかもラリー仕様というあり得ない設定。二代目のルーチェはアクが強くてバタ臭い前期型が好きだったので、技量もないのに強引に改造した。披露するのも恥ずかしい出来だが、思い出深い模型なので特に記しておこう。
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ルーチェを組み立ててからは30年近い月日が流れた。今にすれば出来は大したことはなかったが、内装の再現など目を見張る。オールドア開閉の模型など、これから先出て来ることはないだろう。

かの神社はアニメの影響で、初詣客が氷川神社に次いで県下第2位にとなる盛況ぶりだそうだ。まるで夢のような話だが、ルーチェを眺めると閑散とした参道の光景を思い出す。







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by match_boxes | 2017-03-17 11:51 | いにしえ模型 | Comments(0)

サプライズ・フルブースト❢❢
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夏はすっかり影を潜めて単車にはいい季節になった。クルマが好きだけど、バイクもいい。「バイクは危ない」というのは単車の楽しさを知らない外野の固定観念だが、刷り込まれると所有する気も萎える。いいなあ、バイク。

いまはハーレー専門になってるバイク屋は、かつては様々なメーカーを取り扱っていた。時折階上のショウルームでピカピカのバイクを眺めては溜息をついていた。
免許もないのにまた立寄ると、大きなホンダのバイクがあった。外車の展示がメインなのになぜホンダ?と思ったが、それは日本国内で販売されていないという。逆輸入車だ。日本のバイクなのに海外から輸入する…それだけでも驚いたのに、このバイクにはターボがついてるという。まだなじみがなかったのでターボってなに?って具合だが、なにやらスゴイ単車らしいというのが心に残った。
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あの時見たバイクの模型を入手した。たまには単車の模型もいいだろう。クルマはボディラインの再現が主だが、バイクはメカニズムが剥き出しなのでほぼ全パーツが再現されている。それだけに組み立ては手間がかかるのだが、エンジン、フレーム、カウリング…と組み上げてゆくのは本物のバイクの組み付け工程のようで面白い。手間がかかる分、完成すると見ごたえがある。

組み立てて初めてCX500TURBOというバイクが分かってきた。1981年発売の世界初のターボチャージドバイクということ。IHI製ターボが世界最小ということ。風洞実験から作られたカウリングはターボチャージャーの熱気からライダーを守る設計がされていること。500ccながら1リッター級の性能。プロリンクサス。ドライブシャフト。特異なエンジンレイアウト。知るほどに斬新なバイクだ。ターボという例のない機構は日本では認可されず輸出仕様のみ。全世界でも1800台程度しか流通していない。あの時のバイクは実は相当に珍しい単車だったのだ。もっとよく眺めておけばよかった…。

所用で珍しく早起きした日曜日。気持ちよく晴れた参道を走っていたら、思いがけないものが目に入った。「CX500だっっ❢❢」。つい先日作ったバイクだ、間違えるこたあない。クルマを急停車させ、信じられない気持ちで近づいた。
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「やっぱりホンモノだ…」30年以上も前のバイクなのに、信じられないほどピカピカに輝いている。興奮して眺めていると、その様子を見てニコニコしている年配の女性がいる。写真に撮る許可をいただくと、「いま、持ち主が来ますよ」。
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まさにツーリングに行こうとしていたオーナーに話を伺うことができた。既に14万キロ❢を走破しているというが、大事に維持されているのはその程度極上から見て分かる。ターボはここですよね、と聞けば「これは実験車だったんですよ」という。「シティ・ターボってクルマがあったでしょ。あれとまったく同じターボです。シティ・ターボを企画するに当たり性能を確かめなければならない。CX500の過給圧1.4に対してシティ用は0.4。過酷な条件のバイクに搭載して問題が無かったから、シティ・ターボが量産されたんです」。知らなかった…興味深い話だ。

オーナーがエンジンに火を入れる。重低音が秋の参道に響く。礼を述べて分かれると、CX500TURBOは活き活きと加速していった。
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by match_boxes | 2014-10-18 23:55 | いにしえ模型 | Comments(0)

セリカは好きか?
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GT、という記号はベテランのクルマ好きにはグッとくる呼称ではないだろうか。スカG、ベレGとGTを名乗るのは数あれど、商品のグレード・ヒエラルキーの頂点に据える戦略でGT=最上と認識させたのは商売上手のトヨタだろう。別格扱いだったツインカムエンジン搭載車にその称号を与えることでGTという記号はますます輝きを帯びた。

いかにもスポーツカーのZとスポーツセダン派生のスカGに対して、トヨタはスペシャリティカーとしてセリカを充てた。当初はクーペのみだったが、ファストバックを追加したのは本家ムスタングと同じ戦略である。本家は独立したトランクだったが、セリカはリフトバックと称して大きく跳ね上がるバックドアを備え、また違う魅力を創り出してみせた。

子供の頃、従兄弟が白いセリカのLBに乗っていた。ガオオオ…と荒っぽいツインカムの音と、♪キューンキューンとヤンキーホーン鳴らして加速してゆくカッコよさにしびれた。セリカが、GTのセリカが好きだった。

バイトに明け暮れていた友人が大学に「クルマで来た」という。授業がはねて駐車場に行くと、そこには深紅のセリカがいた。従兄弟の乗っていたバナナテールの前期型ではなく、ゴッツイ五マイルバンパーが付いた後期型。それでもセリカLB、しかもGTだ。
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好きだったLBのGT。期待を抱きつつハンドルを握る。しかし、ノンパワステはひどく重く、操舵感は曖昧で真っ直ぐ走らせるのも緊張する。排ガス規制の対策が施されたツインカムは音こそ勇ましいが鈍重な加速でしかなかった。これが一昔前のクルマか…シングルカムながら3バルブの効率の良いホンダに慣れた身には想像以上の古臭さに驚かされた。
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工業地帯の埋め立て地にセリカを停めて眺めてみる。少し曇った空が蒼く暮れてゆき、リフトバックのシルエットが浮き上がる。やっぱりカッコいい。
「バイトの先輩がくれるっていうんだ。でも一年車検だし、下宿のオレじゃ駐車場代も払えないよ」
どうするの?「廃車だろうね」。
帰りの横羽線はポツポツ雨が降り出した。天地が狭いフロントガラスは戦車の覗き窓のように圧迫に感じる。セリカは、もはや時代遅れのクルマだった。それでも、子供の頃に憧れたクルマをとっておけないことが、とても残念だった。

初代セリカは生産終了時に、38万5千台生産した記念車として「ブラックセリカ」を385台販売したことを最近知った。ならばと、ネットの画像などを参考に再現してみた。今でも手に入るアオシマのLBは後期型で好都合だが五マイルバンパー仕様ではない。フロントバンパーはユニオン1/20のLBの余りパーツを切り詰めて使用した。ノーマルバンパー車とはこまごまと相違点があるのだが、雰囲気だけ真似てみた。なかなかカッコいいと思う。やっぱりセリカが好きだ。
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by match_boxes | 2014-10-14 20:56 | いにしえ模型 | Comments(0)

オーロラの救世主。
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マセラティはイタリアの高級車だ。スーパーカー世代にはボーラとかメラクがお馴染みだろうが、個人的にはミドシップのスポーツよりGTのギブリ、カムシンのほうが好みである。長距離を早く快適に移動するグランツーリスモ、その信頼性でマセラティの名声を高めたのが3500GTである。1957年から1964年まで生産とあるので、50年も前の車である。高性能かつ豪華なGTが成立する土壌が、欧米には既にあったのである。

30年ほど前、自動車の絶版プラモデルがちょっとしたブームになった頃、バンダイがモノグラムの金型で再販したのを見たのがこの車を知るきっかけだった。その頃はこのモデルを手に入れておらず、遅まきながらオークションで古いモノグラム版を手に入れた。そのモノグラムにしても、今は無きオーロラというメーカーの金型を引き継いだものであった。
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人々が憧れたGTのキットは、とても手強い。1/25というスケールで全開閉。サスペンション周りも絶句せんばかりの細かさだ。50年も前のキットだとしたら、瞬間接着剤もない時代にこれをキチンと組み上げられた人は居たのだろうか?。

マセラティ3500GTの生産が終了した年に私は生まれた。このキットは10歳では作れなかったろうし、20歳でも最後まで組み上げられたか判らない。齢半世紀となったいま、様々なケミカルやディバイスの助けを借りて50年前のモデルを組み上げることができた。半世紀の時を超えてオーロラのキットは私を楽しませてくれたのだ。
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by match_boxes | 2014-03-21 23:30 | いにしえ模型 | Comments(0)

これはスカイラインなのか?
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13代目にあたるV37スカイラインが発売された。五十余年の長きに渡り命名されるスカイラインだが、現在は北米で高い人気を誇るインフィニティの高級セダンの国内版としてネーミングされている。Vと名乗る通り、国内専用車種だったのを世界戦略車として大転換した11代目V35のコンセプトを踏襲している。

世界戦略ブランド、インフィニティのコンセプトカーとして当初発表されたXVLだったが、それがV35スカイラインとなった。硬派なスポーツセダンとして国内で絶大な人気を誇ったスカGだったが、その精神的基盤は直列六気筒エンジンにあった。それがV6へ、外観もそれまでとは全く違う流れるようなボディラインとなり、これはスカイラインではない、と愛好家達を戸惑わせた。しかし、インフィニティG35(スカイラインV35)は人気を博し、世界戦略車として成功をおさめた。

スカイラインはスポーティであるがスポーツカーではない。基本はセダンという実用車であり、スポーツカー然としたクーペであってもセダンベースである以上、スポーツカーとは見做されない。セダンベースの2ドア車はかつてはサニーからセドリックまでラインナップされていたが、いまやスカイラインだけとなった。長いホイルベースのファストバックはなかなか優美で、スペシャリティカーと呼びたくなる。

汗臭いスポーツカーではなく、優雅なスタイルのスペシャリティカー。大人にはそんなクルマが似合う。今や稀有になった佇まいがV系スカイラインクーペにはある。ただ、残念なのは汗臭い走り屋のイメージを払拭できない「スカイライン」という名前が付いていることだ。
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by match_boxes | 2014-02-21 23:35 | いにしえ模型 | Comments(1)

 自転車に乗り始めた小学生の頃。粗忽なガキだった私は事故を心配され、小学校の校庭でのみ乗るようにと親からキツく言われていた。が、初めて見る町がとても新鮮で親の目を盗んではあちこち走り回っていた。
 「インチキ屋に行こうぜ」。インチキ屋!?友達の言葉のインパクトに驚いた。案内されるまま自転車でついてゆく。住宅街の、風呂屋があって、小さな広場があって、ちょっと下り坂。そこらあたりに駄菓子屋があった。薄暗い店内はホコリっぽく、インチキ屋という名称(いや、ちゃんとした店名があったのだろうが)が余計に緊張させた。
 友達がアンズ飴をしゃぶってコインゲームやってるのをよそに、店内を物色していると、ホコリが被ったプラモデルをみつけた。
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マツナガで見たタミヤと違い、B級感あふれるジープ。古くて大味なプラモデルをどうしようか迷っていると「買うの?買わないの?」と業を煮やした店のおばさんに責められた。唆されるようあわてて手に入れた。
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コンバットジープと銘打たれたそれは、少年たちを虜にしたTV「コンバット!」を意識したネーミングだろう。自分よりひとまわりは上の世代のものだ。プラモデル自体も設計が古く、バリが多くて、おまけにモーターライズだから電池ボックスがドカンと下に出っ張っていた。あまりの不恰好さに気分が乗らず、民間型にしてみようかと青く筆塗りしたりとグダグダしてたら前輪のナックルを折ってしまい、嫌気がさしてずっとほったらかしにしてしまった。
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小松崎茂風のボックスアートが目に留まり、久々に引っ張り出してきた。断念したナックルの折損からレストア開始。僅かに残ったパーツにピンバイスで慎重に穴をあけ、クリップを心材にして補強。2ミリ丸棒に穿孔するとき、時計職人になれるかも、なんてチト思ったりして。
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再生完了。年齢を重ねると、ちったあ胆力が培われたか。小学生の時から止まっていた模型作りを40年近くたってから再開した。
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パーツ全般。シンプルな実車同様部品点数は少ない。ペイントはシンナー浸したキッチンペーパーに包んで一晩置いて剥離。今回はモーターを付けないが、走行できるよう配線だけ施す。
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仮組。お、なかなかいいじゃないか。箱絵はウイリスだが現物はM38か三菱みたい。これはオリエンタルモデルという聞いたこともないメーカーのもの。住所が浦和の根岸とある。米軍放出の空き缶で作ったブリキのジープで稼いでた町工場が、流行りだしたプラモデルに手を染めたのだろうか。オリエンタルモデルの製品はこれ以外お目にかかったことが無い。
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カタチがいいのに気をよくして欠損していた幌骨を自作。アンテナベース、サイドのリフレクターも追加。
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ミリタリーの製作工程はちと違う。先に組み上げて影に見立てる暗色を全体に塗り、光が当たる方向からボディ色を降りかけるようにスプレーして影を強調するのだ。このまま日の丸付ければrightな人の車だな。
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完成。子供の頃に思ってたよりもずっとカッコ良い。不格好な電池ボックスも、走らせて遊ぶ子供のおもちゃだった時代のものと思えば楽しい。上手く走ってもろ手をあげて喜んだ子もいれば失敗してガッカリした子もいただろう。このプラモデルを覚えてる人はいるだろうか。

ところで、あの駄菓子屋はなぜ子供たちにインチキ屋と呼ばれたか。友人によれば「あそこのおばさんは品物触っただけで、買え買えっていうんだ、インチキだよ」。子供の言い分だが、大人になってみれば店の言い分もわかる。ガキどもが梅ジャムやらソース煎餅やら頬張った手で品物いじくりまわしてりゃ、叱りたくもなるだろう。オリエンタルモデルもインチキ屋ももうないけれど、なんだかコワくて面白かった子供の頃をインチキ屋のジープは思い出させてくれる。
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by match_boxes | 2013-10-05 19:45 | いにしえ模型 | Comments(0)

モノより思い出?作らないプラモデル。
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 家族揃って出かけたのは片手にも満たないが、お盆休みに母の実家へ行くのは楽しみだった。車で一時間ほどの、帰省というにはあまりにも近い田舎だが、街にはない景色がそこにはあった。広々とした田園、ゆったりと流れる古利根川、その土手で草を食む牛。シンとした古民家にたまにボーンと鳴るぜんまい時計、人懐こい三毛猫、ダイヤルのない黒電話から流れる有線放送。伯父さん伯母さんいとこ達との賑やかな夕食。蚊帳。カエルの鳴く畦道を提灯持って歩いた盆送り。いくつも流れ星を見た記憶。帰省の思い出は不思議で懐かしい景色がよぎる。

 上に姉しかいなかった自分には、兄のような従兄弟たちに遊んでもらうのが楽しかった。田舎に着いた早々、従兄弟の部屋に会いに行くと、そこで一台のモデルカーを発見した。成型色のままの素組であったが、ミニカーにはない繊細でリアルな模型に夢中になった。前輪がステアするのが面白くてカチャカチャやってたら壊してしまい、いつもは優しい従兄弟に怒られて泣きそうになったなあ。たぶん、初めて見たスケールモデルだと思う。なんという車だったろう?。

 「あ!これは!!」オークションで見つけたのは、従兄弟の部屋で見たのと同じ模型。オオタキ製フォードマヴェリックとある。マヴェリックは大衆車ファルコンの後継として、またVW等欧州のコンパクトカーの対向車として開発された。低価格で販売台数は上々だったが、日本では舶来=高級を意味したため、アメ車といえどシンプルでコンパクトなマヴェリックを国内で見かけた記憶はない。オオタキはカッチリしたモールドで好きなメーカーなのだが、製品化の車種選定が今一つ。地味だったマヴェリックは、オオタキ倒産後も金型が引き継がれなかったのか、再販したメーカーは無かった。
 

 届いたマヴェリックはビルトキット。パーティングラインを潰してはいないが、丁寧な工作がされていて、赤いボディにマスキングでマットブラックがセンス良く入れられていた。天井にはクロスを貼るというアイデアもされて、当時としては上級者が組んだものと思われる。この状態が気に入ったので、レストアせずちょっと化粧直しをしてコレクションに加えることにした。

 やさしかった従兄弟は働き盛りにして、昨年早逝した。故人を偲ぶ遺品には、若き頃に愛用していたビートルのミニチュアと自動車雑誌が添えてあった。もっといろいろ話しておけば、と思う。
 モノより思い出、というけれどモノも思い出になる。従兄弟もオオタキも今はないけれど、手元にやって来たマヴェリックは懐かしい思い出を語ってくれる。
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by match_boxes | 2013-08-18 23:55 | いにしえ模型 | Comments(0)

ロータリーゼーションの一翼、風のカペラ。
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三輪トラックから本格的な自動車メーカーへの脱皮を画策していたマツダは、先行するライバルとの差別化を図るべく、未来のエンジンと称されたロータリーエンジンの実用化に着手。「悪魔の爪痕」チャターマークなど、開発は困難を極めたが、本家NSU(現アウディ)もサジを投げたREを見事実用化。ロータリーゼーションに燃えたマツダは自社製品のほとんどにREを搭載、マイクロバス(パークウェイ)から果ては軽(シャンテ)までに搭載を計画していた。オイルショックで惜しくも夢砕けたが、REにかけたマツダの意気込みは半端じゃなかったのである。

初代カペラはサバンナよりやや上質、という立ち位置で、鮮やかなオレンジやライトグリーンやパープルメタなどモパーを意識したカラーリングでなかなかカッコ良かった。この頃のマツダ車はどれもアメリカンなバタ臭さが魅力である。その後REからレシプロ専用車になったカペラ(海外名626)はヨーロッパで人気を博し、車名を一新してアテンザとなって今に至る。

クルマでスキーに行ってた頃。明け方の東北道を結構な速度で飛ばしていると、バックミラーに異様に幅の狭いクルマが付いてきているのを確認した。日が差して判明したのは白いカペラ。初期のRE車はパワーがあるがシャシーはダメと言われていたが、最新型(当時は)のホンダ車にいつまでも喰らいついてくる様は戦慄を覚えるほどだった。

今回の模型はバンダイ1/20初期のもの。このシリーズはボンネット、ドア、トランク開閉でエンジンルームも再現されている、当時でいう精密モデルだ。組み立てるとガタガタで、子供には難しく、大人の模型という感じがした。バンダイのカペラは生産数が少なく、模型屋巡りをしてもついぞお目にかかれなかったものだ。ネットにあったジャンクを余ったパーツの寄せ集めでなんとか完成させた。エンジンルームのロータリーエンジンは実車同様コンパクトに再現されている。模型化に恵まれなかった初代カペラ、カタチにできた喜びは、大きい。
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by match_boxes | 2013-01-20 23:55 | いにしえ模型 | Comments(0)

クラウンよ、リ・ボーンせよ。
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クラウンは日本を代表する高級車だ。「いつかはクラウン」という名キャッチにあるように、日本国民のある種の羨望を喚起する存在である。某自動車評論家によると、外国製高級車を嫌い、クラウンの新車を乗り継いでいる代々の素封家が多いという。新型が出る度にご祝儀を届ける義理堅いユーザーも居るとのこと。表だったことを好まない、やんごとなき方々が粛々と支持しているらしい。

長い歴史を持つクラウンだが、クラシックカー然とした初代を別格とすれば、今に続くクラウン像を確立したのはこの二代目であろう。低く、長く、幅広く。アメ車を日本サイズに翻訳した、と言えなくもないが、フェンダーから延びる特徴的なプレスラインなど、なかなかに洗練されている。まだ車種が少なかったためか、セダンのほかに、マスターラインと呼ばれるワゴンやピックアップトラックまで用意された。

思い出されるのは、近所の雑貨屋が所有していたマスターライン。クラウン顔したピックアップは、和製エルカミーノと言いたいくらいカッコ良かった。高校生の頃でもすでに珍しい存在で、免許もないのに譲ってもらえないか、と頼みに行こうと思ったほどだった。そのうち雑貨屋は廃業し、マスターラインも居なくなってしまった。

ここに挙げた模型は、シガレットケースからかたどったレジンモデル。随分昔に自動車系フリマで手に入れたもので、モノはボディとホイルキャップだけのドンガラ。内装、シャシは自作せねばならず、レジンへの塗装も初めてと難題ばかり。が、そこは惚れたクラウン、材木やら針金やらを使ってなんとかカタチにした。工作の跡を見ると、二代目クラウンへの執着が伺える。

二代目クラウンをCMに見つけた。

リ・ボーンをテーマとするトヨタの一連のCMは、寒い。秀吉たけしに「やりたいことがあるんだ」と含みを持たせておいて、出てきたクラウンはジャンレノドラえもんと同じピンクに塗られていた。「権力より、愛」???。このトンチンカンな展開では日本のやんごとなきお歴々もドイツ製高級車に乗り換えたくもなるだろう。高級車は凛々しく。ヘンに媚びずに、「いつかはクラウン」と崇められる存在にリ・ボーンしてほしい。
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by match_boxes | 2013-01-06 12:34 | いにしえ模型 | Comments(0)

プアマンズ・ポルシェ、Zの系譜。
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 CR-Z、BRZ。スポーツを標榜するクルマにはZが付くものが多い。なれど、ずばり「Z」といえば、フェアレディZを指すことに異論はあるまい。
 米国の安全基準改定により、それまでのオープンからクローズドボディとなったフェアレディに付けられたのが「Z」のサブネーム。従来の英国的古典オープンスポーツからモノコックのファストバックへの大変身はクルマ好きのみならず、多くの層に好評をもって迎えられ「Z-Car(ズィカー)」の愛称で親しまれた。エンジンこそ鈍重な量産L型直6だが、欧州の高級スポーツにひけをとらない走りとキュートなスタイルで「プアマンズ・ポルシェ」なんて呼ばれた。プアマンズ・ポルシェ。ずいぶんと揶揄されたものだが、安くて早くてカッコいい、はジャパニーズスポーツの得意とするところ。RX-7、スープラ、CR-X、ロードスター。魅力的なプアマンズ・ポルシェがそのあとに続く。

 フェアレディZの中でもとりわけ優美なのがZGだ。Gノーズと呼ばれるエアロパーツを装着されたそれは、他のZとは意匠が異なる。あんチャンが好んで付けそうな下品なオーバーフェンダーも、バンパーともどもガンメタルで独特の渋さを演出。テーマカラーの深いあずき色、マルーンに塗られたZGは、プアマンズを微塵も感じさせない、素晴らしい一台だ。「フェアレディっていい名前だよな」クルマ好きの友人の言葉を思い出す。

 ポルシェのみならず、フェラーリ、ランボ、アストン…、名だたる高級スポーツカーメーカーは大変だ。贅を尽くした誰もが溜息をつくようなスーパーカーをつくらねばならぬ。さもなくば、日本車の十倍ものカネをとっておきながらダサいモノ造ろうものなら、世界中のプアマンからの容赦ない嘲りにさらされることになるからだ。
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by match_boxes | 2012-11-20 11:23 | いにしえ模型 | Comments(2)

小箱なバーの毎日
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