2010年 11月 10日
7 フィリップモリスの匂い
「有楽町のYホールの最上階には社主の私室があってね、絨毯が10センチもあるんだよ。記者団はいつも緊張しててね。老齢のSオーナーが立ち上がるときに私が腕を差し出してサポートするんだ。ピリピリしてましたよ」
「代々木のワシントンハイツには地下にバーがあってね。ずうっと長いカウンターが壮観だった。バーテンとして働いてたのは二人だけ。私が作るベーコンのサンドイッチは好評だったんですよ。相棒は仲代達矢に似てて、モテたなあ」
「米兵相手じゃイングリッシュができなきゃいけないんで、勉強しましたよ。仲良くなった将校が面倒見てくれてね。よく家へ遊びに行きましたよ。江ノ島にドライブしたこともある。運転しろって言うんで、アメリカ国旗付けたビュイックで、車の少ない一号線をぶわーっと飛ばしましたよ。金髪の女の子がかわいくてね」
「米兵は体がデカくてね。喰うのも飲むのもハンパじゃないんだ。ウイスキーもジョッキに入れろ、って言ってガブガブ飲んじまうんだ。馬力が違うね。喧嘩も派手にやらかしてたよ」
「やっぱり差別はあってね。体がデカくったって、まだ若者だ。明日から前線に行くんだって、ニガーが泣くんだよ。そんときゃあ、おごってやりましたよ」
「ワシントンハイツを辞めたときに、外洋船の板前にならないかと誘われたんですよ。外国に行ってみたかったし、決めかけたんだけど、ほら、シカゴで暴動が起きてさ、キング牧師の。親戚中に反対されてさ」
「フィリップモリスはね、あまいいい香りがするんですよ。これが好きなんだ。」そう言って、うまそうに煙草をくゆらしていた姿を思い出す。Oさんのご冥福をお祈りします。